ワーホリを決めた理由

ワーホリを決めた理由

ワーホリは良くも悪くもこれまでの自分を変えてくれる。英語が話せるようになった自分、世界中に友達がいる自分、人生の目標を持ってる自分。誰よりも自分に素直に、真剣になれるようになった。

人生を見失った社会人

サラリーマン時代は、嫌な事でもやり遂げなくてはいけなかったし、

ハードルが高いことでも背伸びしてやらなくてはいけませんでした。

 

それが正解だと思っていたし、

それが自分の成長に繋がると信じていました。

 

昼間は他部署とできる限り打ち合わせを行い情報を集め、

残業時間で設備の仕様を一人検討する。

 

平日は工場の作業者が生産設備を使います。

だからその設備の改造工事は休日に行うことになります。

休日出勤は人件費を圧迫するので少数で行います。1人、2人。

 

二日間という限られた時間の中で行う工事。

工事のボリュームによっては長時間拘束されます。

 

さらに、月曜日は改造後に不備があった時のために朝から立ち合いです。

 

改造工事をしても問題なく朝から生産できるのが当たり前

問題があれば生産を遅らせないように早急な対応を求められる

 

新らしい車を死に物狂いで世に送り出しても給料には反映されず、

 

上司から「ご苦労様でした」と一言。

 

次から次へと流れ込む業務の中で自分のことを考える時間などありませんでした。

 

そんな生活を5年続けました。

 

5年で一人前になるのは一般的とされており、

どれほど頭をひねらせ努力をしても当たり前だと考えられ終わる。

 

メイン担当として仕事を任され後輩に支持する立場にもなっていました。

 

出来る仕事が増えているのに経済的には苦しくなるばかりでした。

 

さらに会社の経営は横ばい。

 

経費削減・見直しにより、出張旅費や残業時間の事前申請など

事務的な作業も業務を圧迫していく。

 

仕事に追われ、いつの間にか目の前の納期が自分の目標に変わり

 

気づいたら自分は一体何を目指しているのかわからなくなっていました。

 

独身寮にいましたが、5年で寮を出なくては行けませんでした。

その後の会社からの家賃手当はありません。

 

単純に家賃分、生活がさらに苦しくなります。

 

根強い年功序列、僕の上に5人も先輩が昇格を待機していました。

一年一人昇格する計算で自分の番は6年後?

 

いい加減限界でした。

ワーキングホリデーってなに?

その日は久しぶりに高校の同級生と会いました。

 

卒業以来の再会で何を話したらいいのかと少し緊張してました。

 

彼女は高校の時、アメリカへ留学していて英語が堪能でした。

久しぶりに会った彼女は、翻訳者として働いていました。

 

話を聞くと大学卒業して1年間、定職に就かずに自分探しをしていました。

そして自分探しを終えて、翻訳の仕事を手に入れる。

 

英語が喋れるって能力だなと思いました。

 

彼女はやりたいことがはっきりしていたし、自分の人生を生きていました。

 

話は移り、僕の会社への不満と将来への不安の話になりました。

 

何の解決にもならないのにお酒の力を借りて

彼女に不満を聞いてもらっていました。

 

そうやって不満をぶつける事でストレス解消させ

また来週も頑張ろうと気持ちを整える。これがいつもの解決策。

 

すると彼女から

「ワーホリでも行ってくれば?」

僕は

「ワーホリって何?」

 

これが一番最初のきっかけです。

 

ワーキングホリデーをなんてものを知らなかった僕は

いつの間にかワーホリに興味津々でした。

 

というのも僕は海外に興味があり、海外出向のチャンスが狙える会社を選んで就職しました。

 

しかしフタを開けてみれば、経験の浅い若い技術員を海外に出向させるのは

それなりの理由が必要らしく、若手といっても三十代前半がメインでした。

 

これが会社の現状であり、自分の行きたいタイミングに行けない自分の無力さを感じていました。

 

一年間海外で働いても良し、学んでも良し、どこ行っても良し。

 

自分にとってワーホリはチャンスにしか聞こえませんでした。

 

その日を境に狂ったようにワーキングホリデーについて調べあげました。

これまで仕事で培った経験、スキルを活かして可能な限りの情報を集めました。

ワーホリする覚悟と不安

ワーキングホリデーの情報を調べていくと悪い情報をたくさん目にします。

 

特に多かったのが、“ワーホリ後”の問題。

 

ワーホリからの帰るとキャリアダウンや就職活動が難航すること

自分の思い通りにいかずに不満や後悔を抱えながら生活をしている人が多いとありました。

 

あまりにも多いネガティブ情報に、

 

最初諦めようと思いました。

 

帰国後の保証もないのに冒険する年ではないと思ったからです。

 

28歳になる年。周りは結婚します、子供できます。

自分もそろそろしっかり考えないといけないと思っていました。

 

周りの目を気にしていました。

 

ただやっぱり会社の環境は変わりません。

やるせない日々、ワーホリのことが頭から離れません。

 

今のこのツライ状況、このまま続けて何か変わるのか?

 

絶対変わらない。

 

考え過ぎて僕は開き直りました。

だったらもう思い切って海外で暴れてやろう。

 

考え抜いて出した答えは、帰国後は辛いかもしれないけど

 

それはその時考える。

 

結局、やってみる前に答えなんて分からないですし、

億劫になって今の会社に残っても現状は何も変わらない。

 

こうして不安と期待を抱えてワーホリを決意しました。

出発の一年くらい前でした。

ワーホリを終えて今

ワーキングホリデー自体が人生を劇的に変化させてくれることはありません。

再就職先も限られてくると思います。

 

ただこの二年間は自分の人生を生き、自分らしさを取り戻せました。

 

どんな状況でもとにかく生きていかなくちゃいけません。

そんな状況を面白い、絶対やってやると強く思える自分がいます。

 

伝えなきゃいけないなと思う出来事や体験談がたくさんあるし

 

僕と同じようにワーホリで海外に行こうか悩んでいる人に

正しく、ワーキングホリデーというものを伝えたいと思っています。

 

また日本人にはもって生まれた世界に誇れる能力がたくさんあります。

 

世界中のたくさんの国が日本に興味を持っていて、

日本人が今よりもっと世界と近づければ絶対面白いことになると考えています。

 

その為に自分なりにできることをやっていきたい。

 

ワーホリで得た世界と日本をつなぐ力を生かして

今よりもっと面白い人生を生きていこうと思います。