【ワーホリ体験談】ブリスベンにいた時の思い出

【ワーホリ体験談】ブリスベンにいた時の思い出

僕のワーホリ体験談を殴り書きしてます!

良かったら見てって下さい!

 

ブリスベン1番の思い出

ブリスベンで1番の思い出は、骨折したこと。

人生で初めての骨折だった。

原因は人生初めてのスケボー。

 

初めてのくせに、挑戦だと思ってサンコープ・スタジアムの近くにある

スケボーパークに乗り出し、16歳のオージーに踏み出せ!勇気出せ!

とか言われてその気になって、高さ1メートルもない坂から踏み込んで

思いっきりこけた。28歳。ダサすぎる。

 

こけた時は思い切り叫んだし、叫び方がハマったのか

オージーは大爆笑してた。

 

寒かったし、痛かったから休憩しながら友達が練習してるのを見てた。

けど、血の気が引いてて普通の寒さじゃないし

気持ち悪かったから先に帰った。

 

寝れない夜

その日の夜は、痛すぎて夜中に何度も起きた。

寝ついても夢にうなされた。こんなの初めて。

 

結局、朝までこの繰り返しで語学学校に行く時間になったから

寝不足で行ったのを覚えている。卒業まであと1週間。

 

学校に行って自分の教室に着く。

学校の中は日陰が多いからいつも寒いけど、その日はやけに寒かった。

 

みんなも後からぞろぞろ来て、最後に先生が来て授業が始まった。

たしかテストだったような気がした。

けど、痛すぎてちょっとでも左肘を動かすと激痛が走る。

だめだ。テスト無理と思って、先生に医者に行くって伝えた。

「昨日、スケボーで転けて、それから腕が痛い。」

 

そしたら先生が快くオッケーしてくれて

テストも別日に受けさせてくれるって

何で優しいフィリップ先生。

 

オーストラリアの病院

高いお金を払って日本の海外保険に入っていて良かったと

この日ほど感じた日はないと思う。

 

保険証券を片手にシティの日本語対応GP(general Practitioner)に行った。

受付の日本人に症状を伝えて問診票を書いて待つこと30分くらい。

奥の部屋に通されて、オージー先生に触診された。

部屋には通訳の日本人とオージー先生と僕。

まず触診してすぐに先生が笑う。ラッキーだったねと二言目。

 

骨折じゃないって断言された。サポーターと痛み止め出しとくよ、

けど念のためX線も撮っておこうって通訳を通して言われて

少しホッとしたのを覚えてる。

 

X線技師の見解

GPの先生には、治るまでそこまで長くかからないだろうって言われて

安心してた。X線は通訳の人はいけないみたいで一人で行くことなった。

 

当時の英語力は「聞けるけど答えられないレベル」。

 

X線技師に名前を呼ばれて、レントゲンの部屋に案内されて

患部の写真を撮った。

オッケーと言われて、部屋から出ると写真を見て険しい顔をしてるX線技師。

 

ぎこちない英語でどうだった?って聞くと

親指を立てながら、英語で

「1000(サウザンド)%折れてるね!」

って言われた。折れてるんかーーい!

 

とりあえず、骨折専門の医者に招待状を書くから行ってくれって

ことになって別の病院に行くことになった。

X線技師の英語が明らかに専門用語だらけで全然わからなかったから

このまま骨折専門の先生のところに行っても同じだなと感じ

 

ダメ元でさっき行ったGPに相談しに行ったら

一緒に来てくれることを快く引き受けてくれた。

 

何で優しい日本人!あの時は本当に助かりました!泣

 

当時の悩み

実は、語学卒業1週間前という事でいろいろ次の準備をしていた。

卒業後はブリスベンを離れて北はケアンズまで

ロードトリップを計画していた。

 

もう既にキャンパーバンのレンタル予約をしていたし

このロードトリップでセカンドビザ の為にファームジョブも見つけようと

いろいろ考えていた。そこでこの骨折。

 

初めての骨折という事もあって、骨折ってフツウ全治何ヶ月だ?とか

治る前にお金が尽きるかも?とか

怪我の回復待ってからファームしてセカンド間に合うかとか?

 

いろいろな不安が頭をよぎった。

 

ワーホリの一年は普通の一年じゃない。

もう既に語学学校で4ヶ月を過ごした。残り8ヶ月しか残ってない。

もし全治4ヶ月とかで、そのあと仕事探しに手こずったら…

…全然そのシナリオもあり得る!ヤバイ!

 

骨折ドクター

不安を胸に骨折病院を訪れた。

心優しい通訳の日本人もついてきてくれて、後はいろいろ話を聞くだけ。

自分の番になり通訳の人と部屋に入る。

骨折ドクターの第一印象は最悪だった。

めちゃくちゃ忙しそうに仕事してるし、嫌な顔とため息の連続だった。

渡したレントゲン写真を見るや何したんだと聞かれ

スケボーというとため息をつき、なんかゴニョゴニョ言ってる。

 

骨折ドクターいわく、左肘のジョイント部分の骨折とのこと。

気になる全治を聞いたら、全治2ヶ月!

よっしゃ、間に合う!と思ったのを覚えてる。

 

そして、2時間おきの肘のストレッチ(リハビリ)と

普段はアームホルダーをして安静にすること、

毎週月曜日にレントゲンを撮って経過を見ることという指示をもらった。

 

肘周りは骨がくっつくまで待ってからリハビリをすると

筋肉が固まってしまい、稼働範囲が狭くなってしまうため

折れていても動かせる範囲で動かしながら治すのが一般的みたい。

 

それを2時間おきにやる。ギブスはしなくて良かった。

そして毎週月曜にレントゲン写真を撮って経過を見る…

ん?

まずい!あと4日でブリスベンを出る予定なのに!

毎週月曜日に行けないじゃん!

 

通訳の人に旅の計画を伝え、ブリスベンを離れて

ケアンズを目指す話を骨折ドクターに伝えてもらった。

 

そしたらまたため息。

 

それから、これでもかってくらい汚い字で招待状を書いてもらい

それを持って毎週月曜日に滞在している街の病院で

レントゲンを撮ってもらえって言うことになった。

 

そして旅立ちの日

骨折と診断されて、治すためのリハビリと生活の仕方を教えてもらった。

けどロードトリップの計画は既に組んであり、予定通り出発日を迎えた。

 

まずは予約したキャンパーバンを借りにお店に向かった。

スタッフに、腕のサポーターがバレてやっぱり貸せない

なんて言われたら、家も出てきちゃったし行くとこないので

お店ではサポーターを取っていた。

 

日が悪かったのか、人がたくさんいてめちゃくちゃ待たされた。

サポーター無しの左ひじに誰かが当たるのを警戒しながら

多分2時間以上待った。

 

そしてついに自分らの名前が呼ばれて車まで案内された。

ミツビシの古いバン。メーターには27万キロ走行の表示。

大丈夫なのか?ってなるレベル。

車の傷チェックも在りすぎて意味あるのかわからない。

 

そして最も致命的だったのは、マニュアル車だったこと。

 

しまった!左肘!!

 

ギアチェンどおする?

こうしてオーストラリアで初めてのロードトリップは始まった。

→ 続きの話:【ワーホリ体験談】初めてのロードトリップ 出発編 ヌーサ&バービーベイ